マケドニアについて

マケドニア共和国ってどんな国?

旅行に行こうと思い立った時にヨーロッパを旅したいと思う人は数多くいると思います。
しかし、そのヨーロッパとは具体的にはどこに国でしょうか。
花の都と呼ばれるパリ、霧の都と呼ばれるロンドン。
そういった有名な国もいいでしょうか。
マケドニアという国はいかがでしょうか。
マケドニアとはどんな国なのか知らない人もいらっしゃると思います。
マケドニアとは東ヨーロッパにある歴史的にとても古い国です。
主な都市はテッサロニキといって日本語ではサロニカと呼ばれたりする事もあるそうです。
ここはギリシャ領の小さな都市です。
マケドニアと言ってきましたが、正式にはマケドニア共和国といいます。
先ほど紹介したテッサロニキはギリシャ領ですが、他にもブルガリアの領土とマケドニアの領土という三つに国の領土で成り立っている国なのです。
海外旅行を計画される際には、有名な西ヨーロッパの国々でもいいのですが、折角旅行するのですから日本人にはあまり知られていない東ヨーロッパのマケドニア共和国という国に足を運んでみてはいかがでしょうか?

マケドニア共和国を訪れる際の注意

もし海外旅行をしようと思い立ってマケドニア共和国に訪れてみようと思っている方に気を付けていただきたい事があります。
それは、私たち日本人が知らず知らずのうちに言ってしまうかもしれない差別的な言葉の事です。
マケドニアの地域を統一しようと望んでいる一部のマケドニア人によって呼ばれている呼び方なのですが、これはギリシャ人やブルガリア人にとっては非常に不快で攻撃的な言葉と思われるような言い方です。
それは、ギリシャ領となっているマケドニアの南部をエーゲ海に由来して【エーゲ・マケドニア】・ブルガリア領となっている北東部をブルガリアとマケドニアの国境に位置しているピリン山脈から由来している【ピリン・マケドニア】と呼ぶ事です。
他にもマケドニアは共和国なので様々な国の領土とそこに住む様々な人種がいるわけです。
ガイド本に載っていても容易に言葉を使わないで、その国の歴史や文化を学んで我々日本人の名に恥じないよう品のある海外旅行を楽しんでいただきたいと思います。

マケドニア共和国はかつてのオスマン帝国

マケドニア共和国の歴史はとても古いです。
中学生の時に習っていた歴史の授業の中にオスマン帝国という国が教科書で出てきて、その期間に出されるテストの中に問題も何も考えずに15世紀以降に東ヨーロッパを支配していた国という問題が出てきたらオスマン帝国と回答していました。
大人になってから、歴史に興味を持ち始め東ヨーロッパの事を調べていくうちにオスマン帝国とはこういう国で今のマケドニア共和国の辺りを支配していたのかと、改めて関心しました。
15世紀から続くオスマン帝国も17世紀の終わり頃には衰退の危機にあったオスマン帝国。
西ヨーロッパのキリスト教世界にとってオスマン帝国は脅威でしたが、第一次世界大戦の頃には15世紀当初の見る影もなく衰えていたそうです。
日本もそうですが、国家はいずれ滅びるような気がします。江戸幕府も滅びました。
今の日本政府がどこまでもつかわかりませんが、オスマン帝国のようにいずれ滅びるかもしれません。
どのようにすれば世界から生き残れるのか、オスマン帝国を教訓に日本も考えなくてはなりません。

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